凹むよりも頭とお腹が痛くなる系

なるほど、その結論に至った私は「非常識」ということになるわけか……。
ところで大衆の中での「常識」と「非常識」はくっきり区別がつくものではなくて、それこそ個人によってはその境界が大きく異なるし、個人内でも時間軸を鑑みると大きく変動するものだと思うのです。そのボーダーラインあたりに位置するような事例について、多くの人たちが議論したり、他者との差異を感じて己が考えを再考したりするというのは非常に好ましいことだと思うのです。前提として「常識」「非常識」が存在するのではなくて、あくまでそれらのラベル付けは個人の価値判断でしかないと思うのです。個人の価値判断が「知識」化してしまうと単なる思考停止以外の何モノでもなくて、柔軟な社会生活を送ることが出来なくなり、それこそ「非常識」な人となってしまう可能性もあると思うんです。
ええ、思うんです。思うんですけどねぇ……。